2004年05月04日

悲しい讀賣新聞

 以前書いたが、我が家は、読み比べの直接対決の結果、朝日新聞を捨て、讀賣新聞を選んだ。

 とは言っても、讀賣新聞の記事にも感心できないことはいっぱいある。ちょっと前になるが、5月1日の朝刊社会面で、イラクでの人質事件から解放された今井さん・郡山さんの会見記事と、わざわざ並べるようにして、’「自己責任論」は悪者か’と題する、楢崎憲二・社会部部長のコラムが載っていた。

 これがあまりにお粗末な内容だったので、なんだか悲しくなってしまった。

 骨子は次のようなものだ。

・「他に責任を転嫁する前に、まず自らの責任を明らかにするべきではないのか。つまり、責任転嫁との対比で厳しく問われたのが自己責任だった。」(原文より)
・被害者の家族や被害者は、自己責任論をある程度理解して謝罪した。それなのに、一部では「政府に反対する人間の口は封じるのか」という議論が強まっている。いたずらに危機感をあおるのはフェアではない。(「」内は原文)
・「こうした議論は、政府は悪、民間は正義とする、もう一つの思い込みから出ていないだろうか」(原文より)

 まず、責任転嫁と自己責任の対比だけど、これは単純に間違っている。「自己責任」という言葉自体、政府が責任を転嫁するための言葉だからだ。「退避勧告」が法的強制力を持たないのに対して、海外滞在者を含めた邦人保護は外務省設置法に定められた日本政府の重要な任務だ。「保護する責任は政府にある。でも、政府に反対している人を保護するのはバカらしいな。本人の責任、ってことにしてしまえ」ということだろう。「自己責任」という言葉のウサン臭さに関しては以前書いたことがあるし、わざわざトラックバックを下さった方もいらした。そちらを参照していただいてもいい。

 最後の「政府は悪、民間は正義、の思い込み」だが、政府が無条件に悪だなんて誰が言っているのだろう。大量破壊兵器なんて存在しないことを知りながら、イラクに戦争をふっかけて、イラクのみなさんの命も自国の兵士の命も粗末にあつかう米英。それに追従する日本政府。その点で日本政府は間違っているとは思うが。

 順番が逆になるが、真ん中の「被害者は自己責任を理解した」とか「被害者以外の態度はフェアでない」について。政府関係者・マスコミ・ネットなどから、あれほどバッシングを受けたら、被害者の家族や被害者としては、謝罪するほかなかっただろう。当事者でない、周囲の人間が助け舟を出したりバランスをとろうとするのは当然だ。「当事者が納得したのだから、周囲の人間は口出しするな」、というのなら、その態度こそフェアではない。

 後、2点書きたい。

 今井さん・郡山さんの会見記事によると、お二人は「自己責任といわれるのは心外」と考えているらしい。その会見記事にならべて、わざわざ自己責任論を擁護するコラムを置くことは、フェアな態度であろうか。

 また、「政府は悪、民間は正義、の思い込み」などと大雑把な論調で、逆に政府を全面的に支持することは、マスコミとして望ましい態度だろうか。新聞としての存在意義にかかわるのではないだろうか。

 本当に悲しくなった。契約が切れたら、讀賣新聞もやめよう。
posted by Honeywar at 15:45| ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | Honeywarの主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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イラク人質事件についてアホなりに考える
Excerpt: http://この記事を読んでもらいたい。 よく人質になった方達について退避勧告
Weblog: フクロウの森
Tracked: 2004-05-04 20:28
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